流れる時々
私の学校は私服オッケーである。あるのだが、流石にゴスロリは無いと思う。
具体的には生徒会長がロリータファッションで、副会長がゴスロリなのだ。
私も副会長だが、制服をきちんと着用している。だと言うのに、この二人のせいで同級生から常に奇異の視線を向けられてしまう。これでは虎の威ではなく穢多非人の威を借りてしまっているではないか。最悪だ。
「人の悪口を考えるのは良くないわ」
優雅に紅茶を飲んでいる生徒会長が私に圧力をかける。その声質は水晶みたいで、書類が乱雑に散らばった生徒会室にはミスマッチ過ぎた。
彼女は、座っていても分かる低身長だ。日本人らしい黒髪だが、雰囲気はどこか西洋めいている。今は奇抜な服装のせいでわかりにくいが、低身長ながらその体のラインは人形のように美しい。但し、性格は清楚な人形とは程遠いと言わざるを得ない。
「つーか仕事して由衣」
私はそんな生徒会長こと橘 由衣を非難する。今は一段落している期間だが、今のうちに必死にやれること以上をやっておかないと文化祭前に修羅場になるのは去年に経験済みなのだ。文化祭前も家でのんびりできる程度にはしておきたい。
私の窘めにやる気を出してくれたのか、由衣は口につけていたカップを机におく。因みにこのカップは非常に高価である。ネットでこの前検索して驚愕したのを覚えている。
そのようなカップを平然と使用する橘家はとても偉い家系なのだが、フリルがひらひらついている服装を娘二人が平然と着用するなんて、TPOみたいなことを教えていないように思える。とんだ血統もあるものだ。
「ところで、麻衣はどこに行ったのかしら」
「買出し」
麻衣が出て行くとき、由衣は返事を普通にしていたと思うのだが、どうやら生返事だったらしい。手抜きにも程がある。生徒会長がこんなのでは、後ろの人達はついてこないのではないか。
そう言っても、後ろの人達は全然居ないのだけど。この生徒会は、私と双子の、三人で進んでいるのだ。他の人は双子が追っ払ってしまった。
「ところで夕子は何をしているの?」
「アンケート集計してます」
お陰で仕事が多い気がする。これも、やれと言ったのは由衣のはずだ。記述欄から多いのでめんどくさいこのアンケートの集計を私に押し付けたのは由衣のはずだ。
「バカねー。そんなこと真剣にしなくてもいいのに。適当にそれっぽく集計結果を出せばいいのよ。記述欄に書く人なんて殆ど居ないわ」
「適当すぎでしょそれは」
「この集計率で行くわよ。あ、記述欄にはこういうものが多かったってしておきなさい」
由衣は早速とばかりに席を立って、ガリガリと黒板にパーセント表示がある円グラフやら、如何にもそれらしい文章を書きつける。
「いやいや」
意外にあってそうな、それっぽい数字だから困る。小数点表示までした予想のパーセンテージがあっているとは思いたくないのだが。
私が抗議の声明を上げようとすると、部屋の入口が開いて、麻衣が帰ってきた。両腕にはスーパーの袋を下げていて、ゴスロリファッションと凄くミスマッチしている。神秘的なゴスロリが地面に引きずり回されているようで、かなり可哀想な気がした。ゴスロリファッションが。
「ただいまー」
なんて呆けた挨拶も神秘性から程遠い。
「おかえりー」
由衣も真っ白な服装とは正反対の世俗的な反応を返す。TPOとか、もはやそういう段階ではない。ゴスロリファッションが貶められている。我が生徒会は致命的なモラルハザードが起きているのではないか。
買い込んできた雑貨を整理している麻衣を見つめていると、声を浴びせられた。
「夕子。相手に挨拶を返すのは人としての常識じゃない?」
たぶん、この声は由衣のものだろう。この双子と話していると、どっちが発言しているのかなんてどうでも良くなってくる。だって、この双子はどちらも同意見なのだから、確かめる方が無駄というものだろう。
だから私は、麻衣を見たまま応える。
「あんたらのコントの相手をしてる暇はないの」
今はこういう応対の時間すら勿体無い。麻衣を見つめている時間すら勿体無かったのだ。さっさとこの仕事を終わらせて、家で惰眠を貪りたい。
「私の家で集計すればいいのに」
これだけの紙の束を持って帰るのはそうとうメンドイのではないか? 幾分減っているとはいえ、殆ど全校生徒分を持って帰るのは、教科書やノートが詰まっている私の小さなカバンでは到底実行出来そうにない。
「車を呼ぶわ」
それだけのために呼べるお前は凄いな。
「ああっ、もうめんどくさいわね。貸しなさい」
由衣と麻衣がどっさりとプリントを持っていく。迅速にさばいていく二人の手際は華麗以外の何物でも無い。こいつら、仕事は割とできるのだ。
「あなたよりかは出来るわ」
カリカリと集計しているニ人は全く余裕の表情で、さっきまでイライラしながら行っていた私とは雲泥の差だ。
「一応聞いておくけど、適当に集計してないでしょうね」
「してないわよ」
まあ、彼女らがそう言うのならそうに違いない。そのあたりはしっかりしているのだ。良家の出身だけはあるのだろう。それに、仕事の速度も私の三倍くらいは早い。
「生徒会長には生徒会長の仕事をやってもらいたいんだけどね」
聞こえているはずの私の独り言に、由衣は全く反応しなかった。
彼女達はやることはやるので、煽るまでも無いのかもしれないが、なんとなく悔しいのだ。
「終わったわ」
あっという間だった。由衣が提出した記述部分の抜き出しは、A4の紙一枚にも満たない。大抵そういうものだ。だから、私がやってる集計も、はっきり言えば無駄なのだろうけど、やっぱり仕事はきちんとしなければ駄目だと思うのだ。
「私も」
麻衣も同じようなものだった。
ところで、私の集計はまだ終わっていない。おかしいな。二人の分よりも少なくなっていたはずなのに。
二人とも、私をとても憐れんだ視線で見つめている。と言うか、見下されているのではないだろうかこれは。
「全く……」
などと、思いっきり卑下なさるお二人には返す言葉もない。
「見ないでよ」
と反抗してみるものの、今度は彼女たちはニヤニヤして私の手元を見つめてくる。恥ずかしくて集中出来ない。
彼女たちの指が、私の手に絡みつく。その様子は蛇みたいだった。
「ヒィイ! 触るな気持ち悪い!」
なんで一人で肝試しみたしなことやってるんだ。別に気持ち悪いって言うのは方便なんだけど、仕事が進まなくなるのでヤメて欲しい。
触ってこなくなったが、一定距離を保つように、指を動かす二人。いつの間にか二人は席もたって、私の隣で息を吹きかけてくる。くすぐったい。
「ぐぬ……」
自分が悪いので、あんまり強い反抗は気がひける。引けるのだが、猫みたいに私で膝枕するのは流石に自重して欲しい。
「早くしてよー」
「うるさいだまれ……」
不満げなのに満足そうな、膝枕する由衣の表情が、私の神経を逆なでする。麻衣は麻衣で私に背中から抱きついている。いくら身長が低めと言っても、羽のよう、とはいかない。要するにそれなりに重い。
「なんか不埒なこと考えてない?」
耳元で囁かれて、私はびくりと体を震わせる。
「あら、何を考えているのかしら」
「何も無いわよ何も!」
下からも追撃される。首を横に振って、必死に否定する。この二人を否定するようなことを言うとネチネチと反撃されてしまうので、間違ってもすみませんでしたと言ってはいけない。記憶にございません。凄く便利な言葉だ。
「変なことを考えてないで、さっさと仕事しなさい」
ふっと現実に戻してくる、二人の緩急のついた嫌らしい喋り方にイライラする。非常に神経がすり減る。
「大体、私達に絡むから仕事が遅れるんじゃないの」
殴ってもいいだろうかこの二人を。からかいの度が過ぎてきていると思うんだけど。
「まあでも、そんなところが素敵よ」
こう、変に褒めるから、キレるタイミングを失ってしまう。からかうならからかうで、私のストレスを発散させられるくらいには怒らせて欲しい。
「赤くなってる」
「可愛いわ夕子」
「うるさいなもう! 黙っててよ!」
私は体を揺らして、二人を払った。
それから少しして集計は終わった。思った通りとおりと言うかなんというか。結果は由衣の予想と変わらなかった。全く一緒だった。小数点第一位まで一緒だった。
「はぁ……」
流石にへこんだ。少しでもずれていたらご機嫌で反撃に転じようと思ったのだが、これでは材料にできない。
当人は当然といった風に、別に動揺も、勝ち誇った態度もとっていない。何の恨み言も言えないので、余計私のへこみが大きくなる。惨めさでいっぱいだ。
「帰りましょう」
私が集計している間に、机の上を片付けて――とは言っても、ぐちゃぐちゃなのは直らないけど――、帰り支度もしていたらしい。カバンを持って、生徒会室の鍵を持って、帰るき満々である。
「まだやること色々無い?」
「明日できることは明日すればいいじゃない」
ああもう。私は慌てて帰り支度をして、生徒会室を飛び出した。
太陽は未だ沈んでいなくて、茜色の空が帰りの道を照らしている。三人で、その道を歩く。
「もっと仕事したかった」
この調子では、文化祭前が大変だ。連日終電とか、そう言う羽目になりそうである。私はイベントの直前も家で寝たいのだ。
「なら、泊まりましょう。外泊する良い理由になるわ」
「そうそう。久しぶりに三人で眠れるわ」
非常に、困った二人である。今も私の両腕に、それぞれが絡んでいる。
「歩きにくいわ」
必然二人はくねくねした態勢なので歩く速度が遅い。絡み付かれているので、私もその影響を受けている。
身長が低い二人のただでさえゆっくりの歩き方が更にゆっくりになって、私の歩き方はもう凄いほど小さくなっている。
「私はずっと歩いていたい」
二人でハモっていて、私は少し瞠目した。この双子はめんどくさいと言う理由で、常に片方しか喋らない。私、と言っているけど、彼女たちにとって、“私”の意見はもう一人の意見でもあるわけだ。
私はため息をついて、真剣な顔をする二人を見る。
「私は家でのんびりしたいかな」
今度は、双子が言葉に詰まる番だった。驚いて立ち止まる二人に、私も立ち止まって話を続ける。
「私が寝坊して、二人が私をゆすって起こすの。起きたらもうお昼になってて、三人でお昼ごはんを作って、それから、三人で何かして、お風呂は勿論三人一緒で、水をかけあったりして、夜は川の字で寝るの」
どうかしら、と私は問いかける。二人は硬直したまま何も言わない。私を見上げタママの姿勢で、歩きもしない。
仕方ないので私もしばらくじっとしていた。本当に、本当に長い間じっとしていたと思う。でも、夕陽は沈んでいないから、実は全然じっとしていなかったと言う、ベタなオチがついてきてるのかもしれなかった。
二人は、固まっていた表情を崩してにっこりとほほ笑んだ。それは、ほんとに、天使のような微笑みで、とても美しかった。人形のようで、神秘性に満ちた笑み。
「いいかも」
と、頷いてくれた。まあ、そんな生活のためには色々と難関がある訳で、叶えるのは難しすぎて涙が出てきそうな、くだらない夢なのだが。
「うん、変に凝った夢より、面白そう」
と言う評がもらえて非常に満足だ。良かった。駄目とか言われたらどうしようかと思っていたのだ。
「それじゃあ、とりあえず、生徒会をやめましょう」
責任放棄甚だしい言葉を聞いて、私は顔をひきつらせた。いや、そういう訳ではないのだ。そういう訳で言った訳では断じて無いぞ。
「最終的には学校も辞めて、地下室に鍵をかけてヒキコモリますか」
それはくだらなくなくて、グロテスクと言うのだと思う。両腕をなんかぶっといチェーン付き腕輪で繋がれて、一生出ることが出来ないようにされてしまう情景が鮮明に浮かんでしまった。
「ああ、考えただけで愉しくなるわ」
この二人なら、実際にやりかねないかもしれない。専用の地下室すら用意してしまいそうだ。これからは身辺に気を付けよう。
後は他愛もない話ばかりだった。一度忘れたら、二度と思い出せないようなどうでもいいお話ばかりだった。
でも、不思議と、このくだらない夢は次の日も次の次の日も覚えていそうだった。
そんな妙な気分を、私は空を見て打ち払う。
ゆっくりと生きていこう。人生はまだまだ、長いのだから。
おわり
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